チャールズ・ジェイムズ・フォックス(イギリスの政治家)没 1806年9月13日

1806年9月13日、イギリスの政治家チャールズ・ジェイムズ・フォックス(Charles James Fox)没。ロッキンガム侯爵の死(1782年)後に、ホイッグの指導者となった人物です。彼のライバルがウィリアム・ピット[小ピット](首相在職1783~1801、1804~1806)。フォックス(1749年生)はピットの10歳年上ですが、2人の没年は同じ(ピットの死は1月なのでフォックスよりも早い)。

チャールズ・ジェイムズ・フォックスは、行政改革によって創設された外務大臣職に初めて就き(1782年)、ノースとの連立政権(1783年)やグレンヴィルと協力して組織した政権(1806年)でも外相になりました。また、彼は雄弁でも知られています。フランス革命の衝撃に揺れる1790年代のイギリスで、フォックスは革命への干渉や国民の政治的自由を抑圧することに反対しました。



下記の引用ツイートでは、フォックスの主要業績の一つとして奴隷貿易廃止における貢献が挙げられています。ジョージ3世と対立し長期にわたって野党の立場にあった彼ですが、最晩年の1806年には、外相として行ったフランスとの和平交渉が失敗に終わった一方で、奴隷貿易廃止法案の上程に尽力したのです。





チャールズ・ジェイムズ・フォックス コトバンク所収の記事

https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%28Charles%20James%20Fox%29-1585094
日本大百科全書(ニッポニカ)

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